きいろい 涙
その晩は、早く眠りについた。
明日からの久しぶりの仕事に、身が引き締まる思いもしていた。あっちゃんが、安定していると思っていたから、仕事が終わったら、あっちゃんの所へ飛んで行こうと、ワクワクさえしてた。
仕事をし始めて、3時間過ぎた頃、事務員さんが走って私の所にやって来た。よく見れば、片手に電話機の子機をもっいる。
「娘さんから電話。」
心臓が高鳴った。息苦しく感じた。
「お母さん、何時頃帰れる?今どうこうなるわけじゃないけど、お父さん、ちょっとしんどそうやから、3時ぐらいまでには、病院へ来てね。」と、言って切れた。
足が震える。手さえも・・・・
一生懸命に、電話の内容を上司に知らせ、病院へ駆けつけた。車をとばした。
40分、今日は職場からだから、50分の道のり。すれ違う車、通り過ぎる人達。
季節は、冬真っ只中だけど、2月に入ってから、春を思わせるくらい日差しが暖かかった。
その光が、やけに目に入ってきて涙を誘う。何故涙が出るんだろう。
「絶望」にも、値するこの気持ちに押し潰されそうだった。
後から、後から・・・涙が出た。
病室に入った。
普段より、上半身を傾け(起き上がっている状態)その両脇には、娘と義母がいて、しきりに、声を掛け、背中や腕を撫でている。
一目見て・・・・分かった。
「私を待ってくれていた。」って。
「あっちゃん」と、言って抱きついた。
「あー」
「あー・・・」
と、一生懸命声を出している。
肩で息をしている。
「あっちゃん。来たよ。しんどいね。
だけど、私のために、もう少し頑張っ てね。」
あっちゃんの血圧、呼吸数、脈拍数、心拍数、酸素濃度は、全部コンピューターに数字として表されている。その見方は、ここ1週間でマスターした。
まだ、大丈夫。あっちゃん頑張ってるから。しかし、心拍数が140も150にもなる。
「苦しいのかねー」と、心配になる。
だんだんあっちゃん定番の声
「あー」が、弱々しくなってきた。
呼吸の、仕方も弱々しく・・・
心拍数も少なくなっている。100を切る。だんだん少なくなっていく。
その時、
「あっちゃん、!目を、目を開けて!」
と、叫んだ。
あっちゃんは、大きな大きな目を、カッと見開いて、確かに私を見た。
「あっちゃん、ありがとう。ありがと
う。大好きやった。ありがとう。」と、何度も何度も言った。
娘も、義父母も、思い思いのことを消え逝こうとしているあっちゃんの心に届けとばかりに口にした。
泣きながら・・・
カッと見開いた目は、手で閉じようとしてもなかなか閉じなかった。まだまだ
家族の顔を、見ていたかったんだろう。まだまだ、愛している人達との別れを望んでいなかったんだろう。
あっちゃんの大きな目から涙が出た。
それは、それは、見たことのない
黄色い 涙 だった。
残酷だ。
優しくて、面白くて・・・・
人が大好きで、お酒が好きで、
働き者で、文句なんか一つも言 わず一生懸命頑張ったあっちゃんが、
今、私たちに、さよならを、しかも永遠のわかれを告げようとしていた。
心拍数がゼロに、なった。
血圧がゼロになった。
あっちゃんは、
死んでしまった。
入院してから、ほぼずっとつけていた友達一号は、空だったことに気づいた。今日は、全く尿が出ていなかった。
復活くんも、外された。