絶望の底から青い空を見て・・・

2014年12月31日
私の目を見て医師は、言った。
「24時間の命です。」
2015年1月20日最愛の夫は、死んでしまった。
死・借金・裏切り・崩壊・人間不信…
今、独り…目に見えない何かと闘いながら生きていく…。
逢いに逝けるその日まで…。

人生は家?に向かう旅

この家を離れることは、私にとってさほど大きな問題ではない。

「思い出が沢山あるのに…二人で建てた家だから…淋しくなるね。」と、事情を知っている数少ない知り合いはそう…言った。

確かに・・この家には、山ほど…語りきれないほど素敵な思い出がある。

だけど…「家」って…


空気が流れないと…

常に声がしないと…

たまに…何かが壊れる音でもするかの様な勢いがないと…

人が集まらないと…

愛している人が、

そこにいないと…

「家」とは言えないでしょ。

思い出に浸って懐かしむだけでは・・・。哀しんで泣いて…

人を寄せ付けず…ただそんな日ばかりを過ごしているようでは…。

「家」…ではないでしょ。

都合の良いことに、義父母の住んでいる家が、直ぐ後ろにある。あっちゃんと私が年老いたら、今…義父母の暮らしている家で生活しようと考えていた。

そこで、今住んでいるこの家は、

孫たちの「夏休み合宿所」。

旅行好きの「姉妹の休憩所」。

習字の得意なあっちゃんが先生となり孫たちへ教える「習字教室」だったり…お酒と釣りの大好きなあっちゃんが晩年…仲間と集まる「居酒屋」だったり…私の仕事場…書斎・・になるはずだった。



「人生は家に向かう旅だ」と、メルビル(小説家)は云った。

つらい暮らしを耐え抜けるのは、自分を愛してくれる家族がいるからだとも言っている。

私も、かつては、家に帰れば当たり前のように家族がいた。それが「全て」で、それだけで充分だった。

でも…今、家に帰っても…当たり前のようにいた人が…いなくなった。

「いない」ということが、当たり前になりつつある。

「人生は家に向かう旅」ではなくなってきているのも、悲しいかな事実だ。

それも…これも・・・

あっちゃんが…いないからだ。

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