霞にまぎれた本心
春の海に浮かぶ島々が薄く霞んで見える。
今日は雨・・・細い雨が降っている。
そして、今日は私達の結婚記念日。
家の中に居るのもつまらないので、また、またやって来てしまった。
行き交うフェリーや小さな釣り船。
フェリーの後ろを波しぶきが、白く太く一本の線を描く。薄ぼやけた海がみるみるうちに二つの世界に分けられていく。
こっちからあっちは、幸せの世界
こっちからそっちは、悲しみの世界だと教えてくれる。
確かに、 随分昔の今日・・・私は本当に幸せだった。目を閉じると、はっきりと聞こえてくる。姉の、涙で・・・声にならない声が・・・・
「おめでとう」と・・言っていた。
目を閉じると見えてくる。大切な大切な人達の笑顔が・・・たくさん。
幸せだった。
みんなの笑顔があったから幸せ。 いっぱい泣いた。感謝の涙・・・
新しい人生の始まりの涙だった。
大好きな人達に囲まれていたから・・
本当に幸せだった。
お母さんがいた・・・
お父さんがいた・・・
あっちゃんが横にいた・・
でも・・・今は、
二つに分かれた世界を、描かれた一本の白線の上を、私は行ったり来たりしている。
幸せの世界と悲しみの世界を・・・
今年は、独りで結婚記念日を過ごした。もともとそんなに重きを置いていなかった。あっちゃんと二人の時も料理を一品増やすとか、外食するぐらいでその日を過ごしたものだ。でも、今日、
「結婚記念日」を考えさせられた。
「共に生きていく」大切な・・・互いに感謝し合う日だったんだ。
あっちゃんは、毎年ではなかったが、プレゼントを用意してくれていた。指輪にネックレス・・・10年目の記念日には、スィートテンダイアモンドを貰った。
私は、用意したことは多分一度もなかったと思う。
駄目だなあー。わたし!
「ありがとう。そして、ごめんね。」
もう、結婚記念日は出来ない。
今日の「結婚記念日」が、
最期の記念日。
来年から、この日は、あっちゃんに心を込めて「ありがとう」を言う日にしよう。
「サンキュー記念日」誕生!だ。
いつのまにか、雨が強くなって来た。霞(霧)が一層深くなってきたように感じる。「かすみ」いい響きだ。煙のように立ち上り幻想的な「霞」の中に私はいる。「霞」に包み込まれている。回りが見えそうで見えない。まるで、雲の上・・・・あっちゃんに逢いに来たみたい。辺りを見回してももちろん居ない。なんて居心地いいんだろう。平安時代以降、春立つのを「霞」秋に立つのを「霧」と呼び分けているそうだ。私は、季節に関係なく「霞」と呼びたい。
フロントガラスまで真っ白になってきた。雨の音も心地よい。もうしばらく此処にこうしていよう。
また、一隻フェリーが通り過ぎる。
白い波が分けて出来上がる二つの世界。でも、水は、いずれ混じり合い、必ず一つの流れを作り出す。
穏やかにゆっくりとさざ波になって、一つになる。さざ波のように優しく少しだけ輝いて生きていきたい。二つの世界を上手に渡りながら無理をせず生きていく。 そんな、私を見ていてほしい。
私は、
ずっとあっちゃんと生きていく。
ただ、
ただ、私の心も深い霞の中にある。
ほら、また、霞が深くなってきた。薄ぼやけた島が益々見えなくなってきた。
判決が、出たならば・・・。
この街を、
この場所から、
二人で築き上げたものを残て・・
私は、もしかすると、最大の裏切り行為をしてしまうかもしれない。
フェリーが通る。
波しぶきをあげて。
弁護士の電話からそろそろ1週間が過ぎる。
しばらくは、闘ってみるけれど・・
愛しているけれど、
裏切ってしまうかもしれない。