絶望の底から青い空を見て・・・

2014年12月31日
私の目を見て医師は、言った。
「24時間の命です。」
2015年1月20日最愛の夫は、死んでしまった。
死・借金・裏切り・崩壊・人間不信…
今、独り…目に見えない何かと闘いながら生きていく…。
逢いに逝けるその日まで…。

最期のデート

1年前の今日…

あっちゃんと最期のデートをした。

(初めて投稿したブログ

「緊急入院」の一部掲載)

よく考えてみると・・・・・

あっちゃんに、また恋をした。

彼への何度目かの恋は、この日よりわずか一週間前から始まったような気がする。

それも、突然に・・・。

愛おしくて・・・・・!


『どうして・・・そんな気持ちになったのか、未だにわからない。

本当にあの時・・・大切にしないと・・あっちゃんがシャボン玉のように・・・壊れてしまいそうな…消えてしまいそうな…気がした。』

だから、12月27日

いつものように、シャワーを浴びようとしているあっちゃんの 背中を流してあげたくて、一緒にお風呂場へ行った。(コンビニに行く前にお風呂に入るのは日課になっていた)

「気持ちいいやろぅ。」

「おぅ」

「明日も洗ってあげるね。」

「おぅ」

次の日12月28日も、

「今日も洗ってあげるから、2時頃お風呂に入ろうね。」

「おぅ」

同じ方向を見つめて、私は、来年と言う年を心待ちにしていた。大掃除も済んだし、後は、のんびり過ごそうと。あっちゃんは、どうだったんだろう?


「明日も、体洗ってあげるね。」

「おぅ」

『今思えば、その体…腹水がかなり溜まっていた。私は、腹水だなんて考えもせず、『こんなに太って!』と、お腹を叩き深刻に受け止めることをしなかった。

「知らない」と、言うことは恐いものだ。腹水なんて…本当に、その名前すら知らなかった・・』


その後、

あっちゃんは仕事に行った。

4時間後・・・携帯が鳴る。もちろんエグザイルの『道』が流れる。

あっちゃんからだ。


6時半にコンビニで待ち合わせをして・・・。

最期の…デート。

でも、何かが違っていた。


柔かな笑顔がなかった。

口数は極端に少なかった。

疲れているようだった。

やっと…動いているようだった。


思い起こせば…

朝から…そうだった、、、。


何か起こりそうな予感があった。それは、どっしりと重く、暗い暗い闇が迫ってくるような、恐怖にも似た不吉な予感だった。

気づいていた…、

確かに、でも…まさか・・・

死ぬなんて

思いもしないから…

最期のデートを…

二人で残り少ない時間を『そうとも知らないで』

・・・過ごしていたんだ。

何も聞こうともしないで…

それが 去年の12月28日だ。


あれから…1年…

私の横にいたあっちゃんは

もう…いない・・

大切な人と通じているテレパシーは本当にあると、あっちゃんが教えてくれた。

遅かった…。

あっちゃん…に、

会いたい…

謝りたい…

「哀」と「止」

今年の一文字は「安」だった。


「安保関連法案」が審議され、採決に国民の関心が高まったということで、安保の「安」とか、

異常気象やテロにより人々を「不安」にしたということで、「不安」の「安」とも…

また、安倍首相の「安」でもある。などと言われている。

所詮「今年の一文字を考える」とか、「今年はこうだった」とか・・来年は「こうなるだろう」などと考えること自体、幸せな人達のやることだ。



私にとって、

「安」という漢字が意味するものがあるとしたら、今年は「 安保の安」でも「不安の安」でもない。

まず、

①あっちゃん!私が逝くその日まで

「安らかに」お眠り下さい…の

「安」である。

また

②来年は、「安住の地」を考える

いう「安」でもある。


そして、

③これから…ずっと独りだけれど、

「安心」して過ごせるように…

様々な問題が早く解決してほし

いと願う 祈り を込めた「安」

である。

人は、

これからも1年の締め括りであったり、事あるごとに、自分自身を、生活を、社会全体を、「振り返ってみる」ことだろう。

次への目標決定のためにも「振り返る」という行為は必要なことだ。


しかし私は、この1年、何度も何度も振り返っては、 後ろばかりを見てきてしまった。

立ち止っては…哀しみ…哀しんでは、立ち止まり…

次の一歩がなかなか出ない。

後… 3日で今年が終わるのに…

まだ、動けそうにない。

動きだした心

あっちゃんに

取り付けられた四角い機械・・


そのデジタルの大きな白い文字が、悲しくも・・・

「0」を表示したあの時・・・・


ピーとなる警告音を聞いた

その時・・

全てが止まったんだと思う。

「逃げられない」と・・・咄嗟に感じた。

「何から・・・?」


それは、

①苦しいほどのこの「哀しみ」から

②義父母や義弟から

③二人で暮らしたこの場所から

「逃げることはできないだろう」と思った。

私は、義父母の肩を抱き寄せ、娘と抱き合い「私に任せとき!」と、言った。胸を叩いても見せた。

全てが止まってしまった私は、 異様な程落ち着いていた。通夜、葬儀諸々の準備も娘夫婦と走り回って淡々とこなした。(もちろん義父母や親戚に助けられながら)冷静だった。現実でないような空間感・・・多分、あまりの哀しさに正気を失っていたのかもしれない。あの空間は違う世界のようだった。


しかし・・止まっていた私の心が少しずつ動き出す時が来る。

コンビニや相続問題、独り暮らしになる私の問題に直面し・・・自然と目覚めてしまった。

あっちゃんの「死」を哀しんで、嘆いてばかりもいられなかった。

「絶望」の中、

「裏切られた」という思いが・・・ 去来し暫く大きな渦を巻いていた。


それを、

「愛・・故に」と・・理解するまでには少し時間がかかった

「思うように生きなさい。」

「自分のいいように生きるのは、ずるいことではない。」と弁護士が言った。


「逃げられない」と思っていた私の心が、いつからか「逃げてもいいんだ」と思うようになってきている。

ただ・・・それには勇気が伴う。

諦めなければならないことが


幾つかあるから…。