絶望の底から青い空を見て・・・

2014年12月31日
私の目を見て医師は、言った。
「24時間の命です。」
2015年1月20日最愛の夫は、死んでしまった。
死・借金・裏切り・崩壊・人間不信…
今、独り…目に見えない何かと闘いながら生きていく…。
逢いに逝けるその日まで…。

半年・・・

夏が来た。


あっちゃんの好きな季節です。

夏はコンビニが活気付く季節なんです。客単価(一人のお客さんが商品を買う金額)がアップ。入店者数も増える。気温も高い。これらが相乗効果をもたらし、売り上げは上昇!

おまけに、学生達が休みになるので、スタッフの数も充実!


だから、心なしかちょっぴり嬉しいあっちゃんの季節なんです。


そんな季節がまたやって来た・・・と言うのに、当の本人がいないんじゃ意味ないよね。

おまけに、あっちゃんの店は、人手に渡ってしまったし・・・・・。



私は、絶対の絶対の絶対に・・・・・そのコンビニには行かない。

同じ名前のコンビニでは、絶対!買い物しない。


そう決めている。



吐血して、緊急入院して・・・大晦日に「24時間の命」と、告げられて・・・


あっちゃんは、1月・・あっと言う間 に逝ってしまった。

泣いて暮らした2月だった。

裏切りを知り奔走した3月だった。


弁護士に出会い、生きていくための道標をもらった4月だった。


二人で大切にしていた物が一つ・二つ・・・と、なくなっていった5月だった。

生活を再構築しなければ・・・と、心落ちつかない6月だった。


もうすぐ半年・・・

足踏み状態の7月。

まだ、何も進んでいない。

暑い夏・・・

遠出をしてみようかなあー!

まだ、見たことがない場所へ・・・

行ったことがない所へ・・・


新鮮な気持ちでそこに立ちたい!

何かを発見するために!

早く!来い来い!


夏休み・・・。

私の罪

「人命在天」

人の命は、医師が決めるのではなく天が決める。 ・・・・と言う。


本当にそうなのだろうか。

人は知らぬ間についつい大切な人からのメッセージ(SOS)を聞き逃し思いも寄らない罪を犯してしまうことがある。



たとえ、定められた命でも、「人」によって、救われる命もあるはすだ。

いや!「人」だからこそ救える命があるに違いない。

昨年12月に、風呂場であっちゃんは、2度倒れた。駆けつけた救急隊員が、直ぐに血圧を測り、「かなり低いですよ」と言った。

病院へ運び応急処置はしてもらったものの休日で深夜だったので、ひと晩様子を見て・・帰宅した。


何故!後日入院させて、徹底的に検査を受けさせなかったのか。


見ていたのに・・・・!


目の玉まで黄色くなっていた。お腹も大きくなっていた。それを・・「まさに!緊急事態だ!」と、真剣に捉えることができなかったのか。


薄々感じていたのに・・・・!


しんどいこと、悩んでいること、全く口にしなかった。

だけど、きっと・・・・話したかったはず。

聴いてやること、一緒に考えてやることをどうしてしなかったのか。


私の耳を少しだけ、あっちゃんの心に押し当てていたら・・・


絶対に聞こえたはずなのに・・・・!



最近、中学生がいじめを受け、自ら命を絶った。


大人は、本当に・・・


見ていなかったのか?


何も感じなかったのか?


自分の耳を彼の心に押し当てて聞かなかったのか?


救えたはずなのに・・・・!


私は今でもしばしば胸をえぐり取られるような苦しみ・哀しみを感じる。

それは、あっちゃんの死を、あっちゃんが出していたSOSを気づきながらも見逃してしまったと言う、私の罪だから仕方ない。


救えたはずなのに・・・・!


後悔している。

解消することはないだろう。



だから・・・

私に、

私に出来ることは、

「亡くした人の大切なものを守ること」


後悔に向き合い

乗り越えていくこと・・・!



あっちゃんが大切なもの・・・

それは、

たった・・・

たった一人の娘。

そして、

娘が作り出そうとしている家族。


・・・・・・・守っていこう。

おもしろくない七夕

今日は彦星と織姫は、きっと逢えませんね。


残念ですね!


だけど、一年待てば「逢える」のですから・・・。


それを「 たった一年」と考えるのか「一年も」と考えるのかは、その人その人によって違うけれど・・・



しかし、1年に一度「たった一度」でもいいじゃないですか。



琴座のベガの織女(しゅくじょ)星と、鷲(わし)座のアルタイルと呼ばれる牽牛(けんぎゅう)星。

二つの星が旧暦7月7日に天の川を はさんで最も光り輝いているように見えることから、中国でこの日を「一年に一度二人が出会える日」と考え、ロマンチックな一日として、語り継がれている。


私たち地上に生きる者は、短冊に願いを書き、それを川に流した。今日は、「川の日」とも言われているらしい。



娘が幼い頃、笹の葉に願い事を書いた短冊を家族で結んだ。


私は、毎年・・「今年こそは、ダイエット成功しますように。」だった。


あっちゃんは、「お母さんがお小遣いをいっぱいくれますように。」

と、よく書いていた。

娘は、欲しい物を書いていた。


「少しは、お勉強のことも書きなさい!」なんて、 七夕とは全く関係ないと思うんだけれど・・・その頃私は・・・娘に、無理矢理、


「テストで100点が取れますように。」

とか、

「発表が沢山できますように。」と、

書かせて安心していたような気がする。


今、思えばおかしくて、懐かしい。


まったく、ロマンチックじゃない!


あの短冊には、

本当は、何と書けばよかったのだろう。



・・・「例え、遠くに、遠くに離れていても、今年もみんな元気に笑って逢えますように・・。」って・・・・


・・・「病気をせず、みんなが健康で、毎日笑顔で過ごせますように・・。」と、

毎年書くべきだったなあー。


・・・って、今になって思う。



織姫は、いいなあ!


今年、大好きな彦星に逢えなくても、来年逢えるんだから。


「また、今度」逢えるんだから・・


何処にいるんだろう。

あっちゃん星・・・・


探して見よう・・・・・


あっちゃん星は、「私」という星が



見えているのかなあー?