哀しみは感情を壊す
無線に流れる男達の声
「今日は、母ちゃんが蟹を湯がいてくれとるから…一足先に帰るぞ」
「今日は大漁!嫁さんに一本多めにつけてもらおう」
父は、生前、海運会社を退職した後、漁協の組合員の資格を取得し、船を買って魚やイカを取りに行っていた。趣味だったのだが、なかなかの腕前で、結構な所得もあったようだ。その父の船の帰りを母が、いわゆる「妻」が、風呂とお酒、ご飯の用意をして待っている訳だ。
母も生前、父の帰りを待っていた。
家の中にいても父の船のエンジン音は分かるらしく、港へ急いだ。
ガッツポーズする父、嬉しそうに出迎える母…2人の姿を思い出すとバックには、いつも日本海。懐かしい。
父は、母を亡くした時70歳だった。
母が亡き後も、暫く海へ出た。
今度は・・・待ってくれている人はいないのに…
温かいご飯も、お風呂もないのに…
一人で大きなタッパーに白ご飯を詰め、おかずは、漬け物やふりかけ程度で。大好きな海だから…母がいなくなっても船を走らせた。
きっと…声をあげ泣いた日もあっただろう。
この海に…飛び込んでしまおうかと思った日もあっただろう。
真っ暗な沖で、そろそろ港へ帰ろうとしていると、いつも無線から聞こえてくると言う。
「はよぅ帰って、一杯やらんといけん。」
「母ちゃんの・・・ 料理で…」
「今日の飯は… 嫁さんの…。」
心の中で言ったらしい。
「母ちゃんが…みんな…皆んな・・
母ちゃんがいなくならんかなぁ…」
って思った・・・って電話口で泣きながら私に言った。
あの時…私はどんな言葉を返したのだろう。
お父さん…
今…その気持ち100%分かる。
(不適切な言葉の表現をお許し下さい。)
