絶望の底から青い空を見て・・・

2014年12月31日
私の目を見て医師は、言った。
「24時間の命です。」
2015年1月20日最愛の夫は、死んでしまった。
死・借金・裏切り・崩壊・人間不信…
今、独り…目に見えない何かと闘いながら生きていく…。
逢いに逝けるその日まで…。

ありがとうございます。罪が糧となる時…が・・

大変嬉しいことに、また有難いことに…2015年2月から始めたブログの一つ…ひとつを紐解いて見てくださっている方がいらっしゃいます。


私はそのお陰で、以前の哀しみと向かい合い、当時の自分の心の葛藤を振り返り、全く変わってない感情…に、ため息をつきながらも、それでも少しずつ変わっていった環境があって、その中で一生懸命適応しようと、もがいている私を見ることができます。


苦しみながら…哀しみながらも変わらなくてもいい部分と、生きるために変わるべき部分が見えてきたあの日のことや私自身の心の変容が良くも悪くも映し出されていることに気づくことができます。

ブログって…

自分史…なんだと感じます。


本当にありがとうございます。

その中で…2016年1月のブログから


去年の今頃…

「24時間の命」と言われたにも関わらす、生きているあっちゃんと不思議な気持ちで…毎日を過ごしていた。

あっちゃんは、絶食と24時間の点滴が続いていた。

コンビニを経営するようになって、二人でゆっくり、のんびり…こんなにも長い時間過ごすことがなかったから、幸せな時間だった。

ただ、「24時間の余命宣告」さえなければ…

そんな時、主治医から、嬉しい嬉しい報告を聞いた。


「峠は越した」と、聞いた。

「えっ?」

その時は、

あっちゃんは、死なない。

あっちゃんが、奇跡をくれた。

・・・と、嬉しくて…嬉しくて嬉しくて天にも昇る心地だった。

そのうち、段々腹が立ってきて、あっちゃんに、 大晦日の日、先生に呼ばれて、「24時間の命」だと言われた事や その日の夜、家族で葬儀会社の話までしたことを話した。

話しながら・・泣いていた。泣きながら・・・・話した。


「ありがとう。あっちゃん。

生きてくれて、ありがとう。」

心がそう…叫んでいた。


主治医は、「死ぬ」と言う…そんな嘘をつくだろうか…

確信のない事を、しかも「死ぬ」なんてことを、簡単に口にするものだろうか…

疑念を抱きながら…

でもやっぱり信じた。

あの時は信じたかった・・


でも本当は・・きっと、

(主治医は分かっていたはず。死への時間を…。峠は波のように幾つも幾つも押し寄せてくることを…。そして、あっちゃんの命の炎は、確実に勢いをなくしてきていることを…知っていた。)

私も、

あっちゃんの身体から聴こえる小さな悲鳴を聴いていた。


もっと耳を傾ければ…

もっともっと前に…


去年の今頃は…

あの時は…

心がいつまでも過去にある。


いつも…いつもブログを読んで下さいまして本当にありがとうございます。

肝硬変で命を落とすことがあろうとは…。

まさか、こんなにも悪化していようとは…!無知で無関心だった私が、しでかしてしまった最大にして最悪な罪です。その罪が許されることも、罪から逃れることも一生ありません。


ただ…その罪が私の生きる糧になることがあります。

これからもよろしくお願いします。

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