絶望の底から青い空を見て・・・

2014年12月31日
私の目を見て医師は、言った。
「24時間の命です。」
2015年1月20日最愛の夫は、死んでしまった。
死・借金・裏切り・崩壊・人間不信…
今、独り…目に見えない何かと闘いながら生きていく…。
逢いに逝けるその日まで…。

私は…元気なまま夫のところへ逝く。

私は、何を望んでいるのだろう・・

愛する人とは、もう絶対に・・私がここにいる間は、私がこうして元気?でいる間は会うことはできない…と、わかっているのに・・


こうして…生きている。


死にたい…と何度も思った。

でも、死のうとはしなかった。

それは、単に死ぬ勇気がなかったことと、遺された方の「死ぬ以上に哀しい思い」を私が一番よく知っているのに、娘にその哀しみを続け様に味わわせることができなかったからだ。


私の目標は、母がこの世を去った65歳までなんとか生きること。その頃になると、娘も3人ぐらいの子ども達に囲まれて…子ども達も大きくなり、優しい旦那さんと賑やかに過ごしているだろう。私の、母親としての…(夫の分を足したとしても)役目は終わってもいいだろう。


そして…

私が息をひきとる時、哀しまないでほしい。


やっと…やっと、お父さんに会えるね!って…安心してほしい。

お母さんは、きっと…きっと・・嬉しいはずだから…。


私が望んでいることは、元気なまま、突然…夫のところに逝くこと…。


だからそれまで、

力いっぱい生きる。

最大の苦痛

人間の一番の苦しみは…


「会いたい人に・・

会えない」


こと…だと思う。

生きるって…哀しい。

すごい霧だった。

二台前を行く車の車体は、完全に姿を隠している。ただ、赤いヘッドライトが自分の居場所を知らせ光っていた。


辺りは白い闇・・

対向車線も、左側の街並みも、白い闇で消されていた。

注意深く運転をしていないと、いつも曲がるべき左の道へは入れそうにない。今、どの辺りを運転しているのかさえ分からない状態だった。私はゆっくりアクセルを踏んでいた。


何も見えない道をゆっくり進んでいると、自然と自分の人生と重なり合う。


最愛の夫の突然の死

孤独な生活

借金

コンビニ

相続問題


白い闇は、これらも全て隠してくれないだろうか。霧が晴れるように、全てを消し去ってくれないだろうか・・・などと考えてしまう。


こんなことになろうとは、去年の今頃は、考えもしなかったことだ。「一寸先は闇」とは、きっとこのことを言うのだろうと腹立たしくもなった。

自然と涙が溢れ出す。


白い闇の中

私が「静かに」生きている・・


白い闇の中

何も見えない。

何も見えないのが丁度いいとさえ思う。

「現実の世界なんか見たくもない!」あっちゃんを亡くしてからは、この感情が私の心の殆どを支配している。しかし、この闇にも、出口があるように、いずれ、見たくもない現実を全て見なければならない時は、必ず来るわけだ。

あっちゃんのいない人生で・・


これから・・・

生きていくには、

一人でも

安心して生きていくには、


まず、自分の家(定住でき、安心して暮らせる自分の居場所)があることだと思った。


次に仕事があることだろう。


そして、本当のことを話せる人がいることも欠かせない。

この三つが揃わなければ、多分一人では生きてゆけない・・

・・・・・・と、思った。


簡単!?


私には、そう簡単な事ではないだろう。


きっと・・春が来るまでには、裁判が終わるだろう。そうすると「あっちゃん名義」のこの家を離れなければならなくなるだろう。(二人で建て三人で生活したこの家を。)


義父母の住んでいる家があるが、そこで暮らしていけるだろうか。おそらく無理だろう。

だと、すれば・・私の居場所は?


年老いた義父母を残し・・

病気の義弟を置いて・・・

今の仕事を捨て・・


違う場所へ行けるだろうか。


そして、そこには、本当のことを話せる人が待っていてくれるだろうか?


私は、まだ、現実の見えないこの白い闇の中で静かに生きていきたいと思った。

「見たくないものが見えない世界」で生きたいと・・・


ヘッドライトだけ付けて。


(2年前の11月14日に投稿したものです。驚きました。私は、自分が思うように生きているみたいです。)