一億二千万
「俺が死んだら…一億二千万入る。だけど…お前にはやらん!
全額…福祉団体に寄付する。」
まあ…ご立派なお考えで・・・。
弟のこともあるし…コンビニを始める前は、社会福祉士として施設で働いていたし…
全く本気には…していなかった。
ただ…
「お前にはやらん!」・・・
その言葉に…少しひっかかってはいたように思う。
時々…忘れかけた頃…
そう言っていた。
8月になって長い夏休みをもらった私は、娘となっちゃんを迎えにいくために高速に乗った。
見慣れた風景にあっちゃんの面影を重ねていた。2年前の夏は2人で何度も見た景色だった。
あっちゃんは、遠出をする時には、助手席に座った。
「そこ右…。」
「もう2Kmぐらい走ると四車線になるから気を付けろ。」
ナビゲータだった。
目的のインターを下りると、二人で…「ヤッター!」と声を出し、右手を挙げて合わせる。
そんな光景を思い出しながら…進んでいた。すると、
ふと…
「俺が死んだら、一億二千万入る。お前にはやらん。全部寄付する。」
何度もそう私に言っていた事を思い出した。
「本当に…一億二千万?」
「おぅ。」
本気にはしていなかった。
でも…時々そう言った…。
だから…少し本気にした。
分かっていたのだろうか…。
自分の命の期限を…
最期まで借金していた事を秘密にした人だから…仕方ないけれど、「お前にはやらん」とか、「寄付する」とか…そんな冗談のような言い方じゃなくて、もっと別の言葉で伝えるべき大切な事だったのではないか。
今更だけれど…そんなことを考えながら…運転していた。
哀しくなって…惨めになって…泣けてきた。
随分前から言っていた。
何故だろう。
やっぱり気づいていたのかもしれない。
自分の命の長さを…。
感じていたのかも…。
また・・涙が落ちた。
「寄付する」とは、
「それで借金を返せ。」という事だったのか。
もちろん・・・・
一億二千万は…嘘だった。
