イケメンでイクメン!!
主人は、
イケメンだった。
そしてイクメンだった。
(両方とも、死語かなぁ⁉︎)
娘は、1歳10ヶ月から地域にある保育園に通った。
毎日毎日の保育園への送りは、主人の役目だった。
保育園の迎えは、祖母(義母)の仕事になっていた。
休日の夕方の散歩もほぼ主人だった。虫取り網を持ち、肩から虫籠垂らして昆虫採集によく行った。(今でこそ、小さな小さな虫でも過剰反応するほど大嫌いなのに)二人手を繋いで、にこやかに家を出た。
当時は、大好きなパパの大きな手に
しっかり守られていたから…(嬉しそうにしている麦わら帽子を被った小さな娘が、可愛いかったなぁ。)
昆虫採集もなかなか楽しいものだったのだろう、
主人は、娘が中学生になる頃には、自慢のパパになっていた。
学校行事、参観日…積極的に参加した。
「娘◯◯ちゃんのお父さん、カッコいいよねー!」ってよく言われた。私も誇らしかった。
主人は、一人娘をそれは…それは愛した。
大学生になってからの教育費と娘の生活費は分担して払った。前期後期の授業料等…学校に関わるお金は、私の担当になった。
主人は、毎月の家賃と小遣いを送金していた。毎月いくら送金していたのか…私は今でも知らない。
しかし、面白い⁉︎ことに・・
死後発覚した事だが…
娘への送金は滞りなく収めていても、自分の小遣いには苦労したようだった。
近所の店で「つけ」で買い物していたのだ(笑)。
「つけが利く」って…大したものだ!
告別式も終わってしばらく経って、近くのお店のおばさん(顔馴染み)が、
「申し訳ないけれど…」って請求書を持ってきた。
10万円ぐらいあったかなぁ。
驚いた!
つけ!?って飲み屋だけじゃないの?
何買ったの?って!
平気でお金も払わず、よくお酒飲めたものだね!って!
生きていたら…
文句の一つも二つも…言ってただろう。
死んでしまったんじゃ…
文句も言えやしない!!
それより…
苦労したんだね。
ありがとう・・・って…
反対にお礼の言葉がでちゃうよ。
笑っちゃいます!ね。
生きている時は、すごく!すごく!
頑張ったんだ。
パパとして!
イケメンでイクメンだったあなた…
ありがとう!!
