私の逝き方
「死ぬ日を決めてみた」…と、ぱぱさんのブログに書いてあった。
「心がもたない…」とも…。
涙が溢れ落ちた…(同じだ。)
かつて…私は、「死」ほど怖いものはないと思っていた。
しかし…母が逝き…父が去り、そして、あっちゃんまでもいなくなった今…
「死」は、私のゴールになった。
「死」は怖いものではなくなった。ただ「逝き方」を選ぶ事ができるならば、誰の世話にもならず、母の様に突然、一瞬にして、この世を去りたいと思った。(母は蜘蛛膜下出血でした。)
私も実は、死ぬ日を決めている。死ぬ時を…歳を決めていると言った方がいいかもしれない。
母がこの世を去った時、この世の中で一番優しさが伝わる名詞「お母さん」という言葉が、母の存在と共に私から消えた。
「お母さん」…
「お母さん」…今でも…どれほど呼んでみたいことか…。
あっちゃんの死と共に消えたものは、私の未来だった。
共に生きるべき人が消えた。
共に時を重ねるべき人が消えた。
私には、私を包んでくれていた最大にして最強の愛しい人が皆…いなくなってしまったのだ。
だから…逝く時を決めた。
誤解されないように付け加えて言うならば、今は…こう考えるしかできないのだ。
今は…自然に任せていると…涙しか出てこないから。
今は・・・。
